The beat goes on - わたしは生きてる。

フリーライターのブログ。三児の母。「書きたい衝動」を仕舞う引き出しデス。

Assh - 流浪のファンタジスタ

昔から、身を削って音楽をするひとが好きだ。
身を削るように、ではない。身を削っていることがビシビシと感じられる音が好きだ。

同じように身を削って表現をするひとが好きだ。

今日書くのはそんな一人のこと。
彼の名は青木岳明。バーテンダーだ。皆、ASSHと呼ぶ。

ASSHはどんな人か、説明しようと頭のなかで言葉を組み立て出したが、彼を形容するには私の言語表現はありきたりで稚拙すぎ、無理であった。それくらいに彼は超越している。

ASSHのことを知ったのは2001年。西麻布AMRTAなどで修業を積み、代官山のラフェンテのすぐ近くで「∞」エイトマンというバーをやっていた頃だ。人を射抜きそうな鋭い眼光。ただ者ではないオーラを纏ったバーテンダーだった。

その後、六本木に彼が出した「Asshnka」には時おり訪れる機会があった。
ASSHの口からは、昨日の喧嘩沙汰から宇宙論まで、あるとあらゆる話がこんこんと泉のように涌き出てきた。とにかく頭が切れる、頭がいい。そのキレは、私が今まで出会った人のなかでもずば抜けていた。後に実は数学テスト全国1位、歯学科卒のエリートだと聞いたときは驚きより納得しかなかった。

天才的なバーテンダーで、国際的なコンクールでの受賞歴もある。Asshnkaではよく、八重泉ビール(八重泉のビール割り)を飲んだ。他に新作カクテルを試しに飲ませてもらったり、自家製のコーヒーウォッカや当時はレアだった梅酒「星子」を楽しんだりしたものだ。彼のお酒に対する真摯な姿勢は、究極にストイックでプロフェッショナルであり、妥協とは無縁だった。バースプーンを持ち、ステアを一度だけする。それだけで彼のライフポイントのいくつかが失われていく気がするほどに、彼の全神経は酒に注がれていた。

ASSHのまわりには、彼を愛するクリエイターたちが集っていた。音楽評論家の立川直樹、敏腕編集者の森永博志。知る人ぞ知るファッションカルチャー誌「DUNE」編集長の林文浩。たくさんのアーティストたちもだ。

底無しにお酒に強い彼は、一般的に言われる「お酒に強い人」10人分くらいを飲まないとベロベロにならないため、私はその姿を見たことがない。たまに武勇伝を聞くたび、この人よくそれで生きているなと思ったものだ。飲むものも量も違う。ハードリカー何本の世界だ。
当時ダーツが流行っていたけれど、酔わないとダーツが入らなかった。酔ったときの命中率は、プロを脅かすほど。国際大会まで出場し確か5位に入賞したときも、自家製のコーヒーウォッカを何本も持ち込んでの参戦だった。

完璧主義で強面なASSHだが、感受性の強い繊細さも特徴的だった。何かあると、飲み続け飲み続けそのうちどこかにふっと目の前から消えてしまう。どこで何をしているのかわからなくなる。

ASSHは朝起きているのかそれとも夕方だろうか、朝食にはパンなのかご飯なのか、お風呂に入ってボーッとするときもあるのか、そんなことを一切想像させない浮世離れした人だった。
この会っていない10年を経て私のなかのASSHはより現実味のない、まるでファンタジーの世界の住人のように感じられる存在となった。あまりに私のリアルとはかけ離れ、本当はASSHは存在しなかったんじゃないかと思うほどになっていった。

そんなASSHに、なんと昨日Facebookで再会した。
このネット社会の象徴であるようなFacebookでこのリアリティのないリアリティが戻ってきた気がしてとても、興味深い。

どうやら彼は自宅を改装して「昼のみ」「ジントニックのみ」のバーをやっているらしい。もう会えないかもしれない、もう会わないのかもしれないと思っていたが、そんなことを聞くとまたASSHのお酒を飲みに行かざるを得ない。
そう思わせる、バーテンダー。彼は自分を、BARTISTと呼ぶ。

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